

雷と天使。
この組み合わせ、ちょっと不思議に感じますよね。
でも実は、聖書やその周辺伝承をのぞいてみると、雷や稲妻とセットで語られる天使的存在が、意外としれっと登場してくるんです。
ただし、ここで一つ大事な前提があります。
「雷を専門に担当する天使」が、正典の聖書に役職付きで明記されているわけではありません。
多くの場合は
という形なんですね。
そのあたりを踏まえつつ、今回は「正典」「ユダヤ系外典」「エノク書系外典」という三つのレイヤーに分けて見ていきましょう。
|
|
|

まずは、もっとも公式度が高い聖書(正典)の世界からです。
ここでは実は、「私は雷担当の天使です」と名乗る存在は出てきません。
ですが──雷と強く結びつく、かなり象徴的なシーンは存在します。
それが『ヨハネの黙示録』8章5節。
ある天使が、祭壇の火を香炉に入れ、地上へ投げ落とす。
その直後に起きるのが、雷鳴・稲妻・地震という三点セット。
流れとしては
まるでスイッチを押したかのような描写です。
ただし重要なのは、この天使には名前が与えられていないという点。
役割ははっきりしているのに、個体名は語られない。
いかにも正典らしい、抑制の効いた描かれ方ですね。
つまるところ、 正典の聖書において雷は「天使の属性」ではなく、「神の意志が発動した結果」として描かれている、という整理になります。

光の中に立つ大天使ウリエル
太陽や炎の象徴と結びつく「光の天使」として描かれた姿。
出典:『Uriel in the Sun - Washington Allston』-Photo by Internet Archive Book Images/Wikimedia Commons No known copyright restrictions
次は、少し世界を広げてユダヤ系の外典・伝承へ。
ここで名前が浮上してくるのが、ウリエル(Uriel)です。
「神の光」「神の炎」を意味する名を持つ、大天使クラスの存在ですね。
ユダヤ百科事典などの伝承系資料では、ウリエルを雷や地震と関わる天使として紹介する記述が見られます。
天候の激変、地の揺れ、そして天からの警告。
そうした現象を司る、あるいは管理する役割を担う存在、という位置づけです。
とはいえ注意点もあります。
ウリエルは、カトリックやプロテスタントの公式教義に含まれる天使ではありません。
あくまで、ユダヤ神秘思想や外典的伝承の中で発展してきた存在。
つまり
「正典の外側で、雷という力を人格化した存在」
それがウリエル、という理解がいちばん近いでしょう。
言い換えれば、 雷を“神の声が届くためのメディア”と捉えたとき、その中継役として語られた天使といえるのかもしれません。

稲妻の名を宿す天使バラクエルの絵画
名は「稲妻」を意味するとされ、光の徴を連想させる。
『エノク書(監視者の書)』で天のしるしを教えた者として語られる。
出典:『Baraquel』-Photo by Unknown author/Wikimedia Commons Public domain
最後は、かなりディープな領域。
『エノク書』系の外典・偽典に登場する存在、バラクエルです。
バラクエル(バラクイエル)は、「稲妻」を意味する語を名前に含む存在。
『エノク書(監視者の書)』では、稲妻の徴や天のしるしを人間に教えた者として語られます。
ただしここで、一気に立場が変わります。
バラクエルは、いわゆる堕天使(ウォッチャー)側に数えられる存在。
神の秩序を支える天使
というより
禁じられた知識を人に伝えてしまった存在
という描写です。
雷や稲妻が、「畏怖すべき自然現象」であると同時に、「知ってはいけない天の秘密」でもあった。
その感覚が、ここには色濃く表れています。
まとめると、 バラクエルは「雷を司る天使」ではなく、「雷という力の意味を人に明かしてしまった存在」として描かれている、そんな立ち位置になります。
正典・外典・偽典を通して見えてくるのは、雷が単なる自然現象ではなく、神意・警告・啓示と深く結びついて理解されてきた、という事実です。
雷という一つの現象に、これだけ多様な解釈が重ねられてきた。
そこにこそ、人が雷を恐れ、敬い、意味づけてきた歴史がにじんでいると言えるでしょう。
フッ、天使っつーのはよォ、見た目はキラッキラでも中身はバチバチだぜ!どいつもこいつも雷を手にして天命を果たす荒ぶる番人よ!なめてっとマジで天罰食らうから気ィつけな!
|
|
|